古燈火春秋

 江戸の暮らしを照らし出した素朴な明かり道具の数々。
それらの道具が醸す明かりはせいぜい5ワット程のとても
暗いものでした。
妻の顔の黒子でさえ体温が感じられるほどに近づいてよう
やくが判別できたぐらいでしたから。

 江戸のあかりは小さく求心的に収束し、現代のあかりは
広く遠心的に拡散します。このことは人と人、あるいは人
と物のかかわり方の違いを示唆しているようです。まるで
囲炉裏端に家族が寄り集まってすごした昔と家族が遠くに
離散して絆がちぎれた現代に似ているとも言えないでしょ
うか。

 ここに集った道具にはそれぞれに先人の様々な工夫が込
められています。 でも貴重な油を倹約する心構えから決
してより明るくするという意図は感じられません。
センサーが反応することで簡単に点灯できる今日では想像
できない程当時は点灯と維持に手間がかかっていたので
す。そしてこれが様々な工夫を生んだようです。

 何れもが豆電球ほどのあかり道具たち。現代人にしてみ
れば凡そ利便性には程遠いものに違いありませんが、かえ
って時がゆったりと流れる江戸の暮らしぶりがしのばれま
す。

 そんな夜の明かりのもとで江戸人はいったい何を見、何
を想い、何を語ったのでしょうか。

 貴方の知らない江戸の夜をじっくり味わってみませんか。
  

               行灯居士敬白















































                                                                      
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